カテゴリー別アーカイブ: こうじ屋ウーマン 妙峰 エッセイ

大分合同新聞 灯にて掲載 4月27日(土)


4月27日(土)の大分合同新聞夕刊「灯」にて
「パリの貴婦人はよみがえる」と題した
こうじ屋ウーマン 浅利妙峰のコラムが掲載されました。

2019年4月27日(土)大分合同新聞夕刊より

「パリの貴婦人はよみがえる」

 ノートルダム寺院(大聖堂)の炎上にフランス国民は悲嘆に暮れ涙を流し、なすすべもない中で、ひたすらに賛美歌のアベマリアを歌い続けた。いつもの風景が突然、無残な姿に変わる。長い時間をかけて築き上げたものが、目の前で焼き焦がれ、崩れ落ちる姿を見せつけられる。両手を組み、ひたすら祈りを届けることしか残されていない。

 フランスが一つになった。いや世界中の人が、ノートルダム寺院の炎上する姿に向けて手を合わせ、涙を流し、祈りをささげた。なすすべはないけれど、ひたすらに感謝し、祈るだけで心の中に安心が生まれることを思い出させてくれた。それはキリストがはりつけにされた十字架を眺めながら、祈ることしか残されていなかったあの状況と同じ。燃えさかる炎の中に自分のことは顧みず、命をささげたキリストの姿が見えた気がしたのは、私だけではないだろう。

 世界中から多くの祈りが届けられた。重要なのは、誰に向かって祈りをささげたかではなく、対象とする神仏は違っても、大きな力へ畏敬の念を向けて、良き道を開かせたまえと祈る心だ。今という時代を共に生きる、私たちの祈りの心が天に届かないはずはない。小さな人間の心の中にひたすら祈る喜びを思い出させ、他者のために祈り、人類愛にと広げる熱き心が芽生えた。パリの貴婦人はきっとよみがえる。 (こうじ屋ウーマン・佐伯市)


改めて感じた味噌のチカラ。糀はもっとみなさんの健康のお役に立てる!


久しぶりにブログを投稿してみようと思い立ちました。

塩糀ブームから約10年。もう一度原点に立ち返り糀の可能性をより多くの方と共有できるように、少しずつ私の考えや気づきをこうしてシェアしていきたいと思います。

まずはじめは、【体質と食物|健康への道】という本の紹介から始めたいと思います。

 

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この本は秋月辰一郎(あきづき たついちろう、1916年(大正5年) – 2005年(平成17年))さんによって書かれたもの。

秋月先生は日本の医師で、元長崎聖フランシスコ病院院長。長崎へ原爆が投下された当時、自らも被爆しながら、医師として負傷した被爆者の治療にあたった。また、医師のかたわら、原爆の証言の収集を長年に渡って行った方です。(wikipedia参照)

参照:秋月辰一郎医師 – 日々是好日

 

この著書の中で、秋月先生は日本人の健康は「味噌」が支えているということを何度も繰り返し力説されています。(※ここでいう味噌は、大豆、糀、塩で作られる工業製品ではないもの)

 

秋月先生の意志を改めて目にし、日本人として、糀・味噌メーカーとしてもっと真摯に味噌と向き合い、これまでの歴史とその可能性を求めて行かなければいけならないと強く感じました。

 

糀や味噌は神様から授った偉大な贈物。ご先祖様たちも長い時間をかけて食べてきた遺産的な食べ物でもあります。

 

これから私達が発信して行かねばならないことも、ここに眠っていると気づきました。

 

糀・味噌を通じて人類の健康と幸せに貢献することは、会社にとっても、従業員にとっても、その家族にとっても、地域社会、国、世界の人々にとって良い道を与えられるに違いないと確信しています。

 

必要なものがあるとすれば私の確心、そこを求める仲間が同じ確心を持ち届けれるかどうかを問われていると思います。

 


 

文中で私が赤線をひいた部分を一部抜粋しておきます。

当店でもこの本を販売しています

 

  • 体質、これを解決し、体質を変えない限り、医学の本当の姿は出てこない。

 

  • どんなに治療しても一向に治らないのもあれば、いつの間にか治ってしまうのもある。これは皆体質の差によるのである。

 

  • 日々の食べ物が、私たちの健康に、ひいては、病気にかかった場合の軽重の差、薬物の効果如何、治癒能力にどんなにたいせつなものであるか

 

  • 体質は受け継いだものと同時に、日々作られるものである。環境、生活環境のことである。環境は太陽空気水といろいろ考えられるが実は食べ物がそれを代表しているのである。

 

  • 私はかつて自分が結核を発病し、病床に伏して天井を眺めながら、真剣に自分の体を改造して出直そうと考えた。「悔い改めよ」ではなく、「悔い食い改めよ」である。私は、その時までの自分の生活の誤りを反省した。生活の誤りつまり食物、食生活の誤りのことである。

 

  • 味噌汁が日本人の食生活の要であると言う知識と信念があったなら味噌汁を必ず毎朝炊いて必ず私に食べさせたであろう。

 

  • 揚げ豆腐とワカメを見通した味噌汁は日本人の本当の要の食品であると確信した。

 

  • 私と一緒に患者の救済、付近の人々の治療にあたった従業員に、いわゆる原爆症が出ない原因の1つは「ワカメの味噌汁」であったと私は確信している。

 

  • 人間にとって、日本人にとって、味噌は特に良質の油脂とミネラルの供給源であるから、私たちの放射能の害を1部分防御してくれたのであるこの1部の防御が人間の生死の境において極めて重要なのである。

 

  • 味噌汁を食べ始めたからと言って、すぐに病気に効くものではない。副腎皮質ホルモン、抗生物質のように今すぐ効果があるものではない。毎朝欠かさず味噌汁を食べていると、体質がいつの間にか、病気に負けない体質になっているのである。薬の効きやすい体になっているのである。古くから医学の先哲養生説に説いている。

 

  • 薬物は上、中、下と分かれている。下薬とは服用すると、たちどころに効果のあるような薬物であるが、副作用があるものである。中薬というのは、効果はあるが、連用していると体に害が出てくるものである。上薬とは長く続けても、害の出てこない、ますます身体が良くなる薬物のことである。味噌は上薬に類するものとさえ考える。

 

  • 私自身の家庭でも、よく熟成された味噌の味噌汁を毎朝炊く。必ず一家中、皆一杯ずつは食べることをもう十数年来、絶対守っている。この毎朝必ず食べるということが大切である。

 


 

上記の文章を書きあげるまでに走り書きした原文も添えておこうと思います。

 

原文

糀が生きものであることを改めて感じた。日本人としてもっと真摯にお米と向き合い、これまでの歴史とその可能性を求めて行かなければいけないことを胸に刻んだ。

糀は神様から授った偉大な贈物。それを何度となく確認して繰り返し、見極ることにより再発見の喜びに出会える。これから私達が発信して行かねばならないことも、ここに眠っている。

遺伝子レベル、糀が私たちと同じように意志も感情もある生き物であることを忘れてはならない。それを伝え、共存共栄してゆく智恵を授かり、伝え広める役を与えられている一人になりたいと切望する。

お金の為ではない。人類の幸せの為に役立つことを目標に掲げて行動すれば、会社、糀屋にとっても良い、従業員にとっても、家族にとっても、地域社会、県、国、世界中の人々にとって、皆に良い道が与えられていることに気づけるに違いない。

あと必要なものは、私の中の揺るぎない確信。共に生きる仲間たちに食べ物を通して、健康になることが大事だと伝える力を育てること。私は糀の素晴らしさを余すところなく伝え、共有しよう。ワクワクと目標に向える喜びや、ゴールの先に待つ、達成感、貢献の喜びを体感しましょうと呼びかけよう。

世界中の人たちと心震える喜びを分かち合おう。これこそが人間として生まれ、生きてゆく為の活力であることを語り続けたい。糀で世界中の人のお腹を元気に幸せにしたい。

妙峰


大分合同新聞 灯にて掲載 4月17日(水)


4月17日(水)の大分合同新聞夕刊「灯」にて
「パラグアイから届いた手紙」と題した
こうじ屋ウーマン 浅利妙峰のコラムが掲載されました。

2019年4月17日(水)大分合同新聞夕刊より

 差出人の名前だけで住所のない手紙が届いた。中を開いてみると「突然のお手紙すみません」で始まっている。「引き出しから糀(こうじ)を作り続けて300年糀屋本店のパンフレットと、浅利さんの新聞の切り抜きやレシピなどを見つけました。私たちの住むラパスの町で塩糀の講師をしていただいてから何年になるのでしょうか。今やパラグアイでも塩糀が多くの人に使われています」と続く。

 長男の定栄が青年海外協力隊の隊員としてパラグアイに赴いたのは2011年。塩糀ブームが国内でも広がり始めた12年の8月にパラグアイを訪問してから、はや6年以上が過ぎた。

 首都アスンシオンや三つの日系人居住地で塩糀や糀についてお話をした。お手紙の方の住むラパスでは、現地で手作りの糀を準備してくださり、参加者の皆さんと塩糀を作った。「おいしくなあれ」「愛しているよ」「我愛你(ウォー/アイ/ニー)」などと声掛けをすると、よりおいしくなると伝えた。

 いろいろなお店はないけれど、おはぎやかりんとう作りの名人、漬物上手な人がみんなの分まで持ち寄って、お茶を飲みながら、あれこれ話をするのが楽しみだと言う。私もその中に加わり、楽しい時間を過ごした。礼儀作法やきれいな日本語、おもてなしや助け合いの心、古き良き時代の日本が根付いていることにうらやましさとうれしさが心に湧いた。

(こうじ屋ウーマン・佐伯市)


大分合同新聞 灯にて掲載 3月22日(金)


3月22日(金)の大分合同新聞夕刊「灯」にて
こうじ屋ウーマン 浅利妙峰のコラムが掲載されました。
~「美しい庭の町クライストチャーチ」と題して~
ニュージーランドでの活動の様子と思いを綴っています。

2019年3月22日(金)大分合同新聞夕刊より

 北半球、早春の日本を飛び出し、南半球、初秋のニュージーランド(NZ)まで約13時間。イングランド以外で一番イングランドらしい、美しい庭の町クライストチャーチに降り立った。3月上旬、カンタベリージャパンデーに参加し糀(こうじ)の話をするためだ。

 東日本大震災発生の17日前、2011年2月22日、カンタベリー地方を強い地震が襲った。液状化した土地、全壊や半壊の建物は多く、町の象徴である大聖堂も一部崩壊した。第1回ジャパンデーが開かれたのはその1年後。NZと日本の国交60周年、カンタベリー日本人会20周年、そして何より、二つの地震によって亡くなられた方やその家族と友人、家や仕事を失って苦しまれている方々のことを忘れず、皆で力を合わせ前向きに進むための追悼と復活のシンボルとして。

 今年で8回目のこの行事で糀料理の試食会をし、その効果効能を伝えた。豆腐をフォークで混ぜて作るほうれん草の白あえや、オリーブオイルを塩糀で乳化させパンに浸したものなどどれも大好評。この地ではまだ糀の出番は少なく、ぜひ使ってみたいと多くのラブコールをいただいた。

 日本に戻って、クライストチャーチのモスクで大勢が犠牲となる銃乱射事件が起きた。移民の国ながら皆が仲良く暮らしている町での出来事に驚き、いつか町の人たちの悲しみが癒える日が訪れることを祈っている。
(こうじ屋ウーマン・佐伯市)


愛ある倍返し!糀屋本店 妙峰の心の声


書くことは大好きなのだが、書きたいことが大波のように押し寄せてくる時もあれば、べた凪のように一つとして思い浮かばない時のほうが日常。そんな性格を見通して、三男の善然から毎日書くように習慣付けると出来るようになるので、少し続けてみたらと勧められた。

 毎日、定時、定量、習慣、どこかで聞いたことがある、公文式の教室で指導をしていた時にいつも伝えていた言葉、もちろんわが子にも口を酸っぱくして伝えた。今ここで「倍返し?」子を思うゆえの愛が大きく育って、親を思う大きな愛を届けていただけたと喜び、有難く実行してみよう。 しかしながら、兼好法師のように徒然なるままに日暮しているわけではなく(兼好様ごめんなさい)それほどまでの能力も持ち合わせていない。私の悩む姿を見て主人が、お母さんは「継続は苦手なり」やもんなぁと、ニヤニヤ顔。口惜しいけど大当たり!胸に突き刺さります。 思い切ってテーマにしちゃえ!との経緯で「毎日書くぞ!」の決心をしました。「三日坊主」も得意だが、なんとかなるかな。

「やってみよう、やってみなければわからない」公文式を創められた公文公先生の言葉通り、まずやってみよう。コツコツ努力を積み重ねれば才能が大きく花開くかもしれない。明るい未来に向かってGO!

塩糀の底力 妙峰が語る


我が家の台所では大活躍中の塩糀だが、
世間のとらえ方は、ブームは下火とされている。

これは塩糀を伝えた私の度量の狭さゆえ!
最近はそのことを感じることが重なった。

「塩糀1本勝負!他の調味料は使わなくて良いです」
と伝えたことが浸透していない。

まだまだ近くに伺って、直接糀の素晴らしさを語る
必要性を糀たちから迫られている気がする。
頑張ります!

ということで、その一場面を再現しますね。

昨日3ヶ月ぶりに歯医者さんへ行きました。
待合室で「塩糀の方ですよね」と話かけられて
思わず直立不動になった。
以下はその会話。kさん:お客様 M:妙峰

k:私もお料理に使っています。
なんでも美味しくなるので助かっています。

m:ありがとうございます。
我が家でも、何でもかんでも塩糀で料理します。
簡単で、美味しくなってくれて、サッとできる。

k:エッ!なんでもですか?
とり肉の時は良く使いますけど。

m:エッ、何でもかんでも使わないんですか?
我が家では塩を使う時に塩糀を使うので
塩糀はどんどんなくなりますが
塩は減りません。

k:アラ、そうなんですね。知らなかった。
やって見ます。

m:ぜひ、塩糀1本勝負!のお味を試して下さい。
肉、魚、野菜なんでも簡単にサッと楽しめます。
他の調味料も入れなくて良いので楽です。

k: この後帰ったら、教えてもらったように
使って料理してみます。

m:私の伝え方が稚拙で申し訳ありません。
もっとたくさんの方に知っていただけるように
勉強します。

そんなおはなしでひと段落、もう少しおまけがありますが、それは次の機会に。

今日も笑顔で、素晴らしい一日を! 妙峰